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まとまらない日常を半泣きで書きとめる場所。鐘は鳴らない。
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そういえばブログがあるのでした…
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たすけてって、それは、誰に伝えるための言葉だったんでしょう。
まともになるわけにはいきませんかと言われて、これ以上何が必要なのと言われて、足りないのはただお前の努力だと言われて、言われたことはすべてなるほどもっともだった。本来は傷つくような暇なんてなくて、傷つくのは私が暇だからで、忙しければそんなことを気にするような余裕なんてないからで、ええと、つまり、あ、やめようこれあんまりいい結論出ない。絶対出ない。でも続けるね。

 好きこのんで傷ついたり悩んだり死にたがったりしてるのではないと言えないのは、後ろ暗いから。被害者ぶってかわいそうぶって、家族や優しい人の同情を浅ましくねだって、意地汚くがつがつばくばく食べて、そうしてぶくぶくに太るのは途方もなく楽だから、そうは思ってなくても、本当はそう思ってることは否定できない。少なくともそういう態度に気持ちが惹かれることは否定できない。だって私は私が考えていることがわからない。わかりたくない。怖い。でも暇だと自分の傷えぐって楽しむようなマゾだって思われてるのは、ちょっとやだなあ。
 繊細さ(あるいは柔弱さ)を優越だと感じているって言われるのは、どうしてもそのようにしか在れないから自己正当化のためにそう思ってるのだろうと考えているのだけれど、でも、そうやって自分を断罪しているから許してくださいっていうのは、それは卑怯で不誠実なのでしにたい。

 あと、祖母を私に仮託して怒るの、できたらやめてほしいんだけど、言ったらどうなるのか恐ろしすぎて言えない。
 あれかな、血をわけた自分の分身とも言うべきものが、だらしない生活をしてるのが耐えられないのかな。それは自己愛かな。自己憐憫かな。自分かわいそうって思ってるのかな。ああなんだ、みんな自分がかわいいんじゃないか。ホームレスを憐れむのも途上国の子供が餓鬼になってくのを酷いと思うのも隣人の平穏を祈るのも君の幸せ願うのも、全部自己愛だ。なにもかも鏡写しで滅私奉公なんてないんだ。なにもかもは生きた人間で血が通っていて体の中には血と肉と骨と内臓がミチミチに詰まって始終何かを考えているんだ。気色悪い。みんな脳みそぶちまけて死ねばいいのに。

 けれどそんなものは当たり前だと君は知っている。君はいま自己愛だと非難しているつもりになってるそれは、ただの自分の意識だ。生物の本能として、自己愛はあらかじめ組み込まれている。自己愛がない存在がいるとしたら、その人はもうとうの昔に死んでいる。人間は機械ではないし、人間は聖物ではないから、自分の感情を持って行動するし矛盾するし理不尽にもなる。

 でもなりたくない。理不尽になりたくないし、不誠実になりたくないし、怠慢になりたくない。寝て起きて働いて食べて寝て起きて働く機械になりたい。誰も文句言わないでほしい、責めないでほしい、何も考えたくない。だってなにもかも間違ってるから、正しくないから、甘えてるから、本当じゃないから。真実はどこにもないし、イデアはただの妄想だし、楽園は文章のなかにしかないし、文章は下手だし、かわいいあの子はただの二次元の妄想だし、自分の頭の中にはだれも住んでないから、もう何にも考えたくないし脳みそぶちまけて死にたい。そうして概念になって、ああ懐かしいなあ、あの時は楽しかったなあって思い返されるだけの存在になりたい。だいじょうぶ、ものみな人間は強いからすぐに忘れてくれるよ。嘘だよこれだけ弱い手前も立派な人間さまだろうが。滅べ。

 なにかを食べて、これをおいしいって思うのが正しいのかよくわからない。なにかを見て、それを面白いと思うのかが正しいのかよくわからない。だってひきずられてるかもしれない。それは本当の気持ちじゃなくてただの上っ面のおためごかしなのかもしれない。ただ影響されてごまかされてるだけかもしれない。
 だから正しいこと全部を規定してもらってなんにも考えずにそれに従うだけの機械になりたいし、外側の肉体をきぐるみみたいに脱ぎ捨てて誰かにあげて、私という物質的な存在は残しといて、それから精神としては霧散していなくなりたい。もうやだ。
もーだめだー だめなんだー

ひさしぶりに体調が悪いのでなにもかもだめな気がしている
健康優良児として育ってきたので、すこし体調が悪いと精神状態がとても引きずられる
体がとてもだるいけれど寝ているわけにもいかないし、と思って学校に出かけてきても、あまりの身体の重さになにもできていないなら家で寝ているほうがましなのではないかと思う
でもいまなにもできていないのに家でぐだぐだするのはとても正しくない気がする
でもそうやって正しくないって思う気持ちは、ただそう思ってれば許されるだなんて思ってるからじゃないのか、という内なる声がガンガン攻めてくるし、アーモウ
まとめると:つらい

「僕はこんなに弱い人間だったかしら」

ぼたぼた泣きながら、泣いてたら許されると思ってるからこういうことするのかとかそういうことを考えるのだけれど、でもだって泣きたいんだからしょうがないじゃないか、とも思う
泣きたいか泣きたくないかで言ったら泣きたくないんですけど、でも勝手に涙出てくるからしょうがないじゃないですか 目立たないところで泣いてるから見逃してください

「泣くのは卑怯だ、泣いていたら、許さなくてはならないから。
 謝るのは卑怯だ、謝ったら、許さなくてはならないから」
「どないせいちゅうねん」

体がおもい だるい

交流が片方のひとに無視される流れですげえつらいし相手なにかんがえてんのかわかんないし文章書けない ひい 僕は僕は 平和にキャッキャウフフしたいだけなのに
自分は学問的な領域に関わる資格(ありていに言えば上級ホワイトカラーとして働く資格)がないとずっと思ってきたのだけれど、そうでもないのかもしれない 関わろうとして挫ける資格くらいはあるのかな
なぜそう思うのかというと、このところ繰り返しで言うことになってとても嫌なのだけれど、母の言葉があるような気がする 彼女自身が研究職として製薬会社かなにかに務めていたはずだけれど、しかし、彼女は一貫して執拗に、大学で学ぶことは遊びにしかならないと言ってきた
いやまあ明治の出歯亀事件と自然主義の関係についてのレポートが社会で働く際に直接役立つとは思わないんだけど、そうでなくて、私は「テレビゲームでハイスコアを取っても何の役にも立たない(から、もっと現実的な職業に就きなさい)」という意味合いで母の言葉を受け取っていた
そして私は私が思う限り、母が想像するだろう現実的な職業を探しているのだけれど、まあ、そりゃうまくいくわけねえわな……たぶん、母にとっての現実と、私にとっての現実は層がずれているのだと思うし、それはおそらくずれていていいものだ なぜなら私は母ではなく、母は私ではないから
母に、あるいはきょうだいのなかでは母に一番似ている姉に、大きくなったらなるべきなのだと思っていた なりたかった 母になりたかった 姉になりたかった
まあ無理なんだけど それで、ええとなんだっけ 学んだことと学んだっていう事実でハクがついてる気がするので、自分のようなとにかく自身がないし自分の行動に疑問持ちまくりの人間は、ハクが効いてかつそもそもの動機を理解されやすいところに向かって行った方がいいのじゃないかと思う
受け入れられやすいところで生きて行こうとするのは、そう咎められることではないと信じたいし、脳内のかわいいこがなんかすごい目で見てくるから寝るね
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